瞑想は集中力だ。
瞑想はシンプルなルーティンを徹底的に行い続けることだ。
例えば、アナーパナ瞑想法と呼ばれる方法なら、座位の姿勢を保ちながら呼気時と吸気時の鼻の下(人中)に当たる空気を観察し続けて、その当たる感じ取れる面積を徐々に小さくしていく。
あまりにも単純過ぎる作業なので、自然と飽きが起こる。
脇道に外れて他のことを考え始めたり、どうでもいいことを想像し始めたりするが、自分が脇道に外れていることに気がついて、今自分が行い続けると決めたルーティンに戻り、またそれを実践し続けることで、集中力の濃度を磨いていく。集中力を継続するための持久力を養っていくとも言い換えられる。
決めたルーティンから脱線してしまっても、それに気がついて、またルーティンに戻ってくればいい。
気がつくこと、それが小さな悟りでもある。
小さな悟りの積み重ねが集中力を磨くには必要不可欠だ。
集中している状態は迷いが少ない。
個人的には迷いがない状態に到った経験がないので、迷いがない状態というのはよくわからないが、
迷いが少なくなった状態というのは、安定して満ち足りた実感に包まれる。
例え話だが、日常の生活が表層にあるギターの弦の様な5本の弦が振動することによって成り立っているとする。
普段はその5本の弦が活発に振動しているのでなかなか気がつくことが難しいが、実はその層の深いところにある層にもう1本の弦が潜んでおり、その弦が震えはじめることで表層の5本の弦の振動が次第に少なくなっていく。
その深層の弦が震えることで、表層の5本の弦が鎮まり静寂に至っていく。
瞑想が深めていくことは、その深層の1本の弦が振動していることに気がついてくことだ。
瞑想は比較すること自体が難しいので、客観的判断が難しく、あくまで自身で磨いて鍛えあげなくてならない。
瞑想は現実性の追求のはずなのだが、その過程で生じる妄想や空想、幻想に囚われていることに気がつかないで「これが瞑想なんだ」と勘違いしてしまうことが多々起こる。
瞑想を本格的に指導してくれる特別な環境や特別な指導者のところに行った方がまずはいい。


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