本日、3月17日の日経新聞の朝刊に興味深い…というよりは「当たり前だろう」とツッコミたくなる記事があった。
テレワークが増えたことで、人の体力が実年齢よりも約10歳分低下する可能性があるという研究の記事だ。
研究では椅子から立ち上がったり座ったりする動作を30秒間に何回できるかを調べている。
毎日通勤する人は平均30回。
しかし、在宅勤務を週4日以上する人は25.7回だった。
研究者はこの差を「約10歳分の体力差」と説明している。
理由は単純だ。
通勤で歩くことがなくなり、座る時間が増えたからだ。
つまり、人は意識して身体を動かさないとすぐに衰える。
これは当たり前のことのように見えるが、実はかなり重要なことを示している。
身体というものは、
一定の負荷を超えない限り変化しない。
これはトレーニングでも、ヨガでも、健康でも同じだ。
ある程度の刺激。
ある程度のストレス。
ある程度の負荷。
それらが身体の閾値を超えたときにだけ変化は起こる。
逆に言えば、閾値を超えない刺激はどれだけ続けても身体を変えない。
そして現代社会は、この閾値を超えない生活を作り出している。
テレワークは便利だ。
移動も少ない。
効率も良い。
しかし効率が良いということは身体を使わなくなるということでもある。
移動しない。
歩かない。
立たない。
身体を使わない。
すると何が起こるのか。
身体は静かに衰えていく。
さらに、記事には面白い研究が書かれている。
チャット形式のコミュニケーションでは一部の人だけが大量に発言し、議論が偏る傾向があるという。
現実の場とオンラインの場では圧倒的にコミュニケーションの要素が異なる。
現実の場には、
視線がある。
空気がある。
沈黙がある。
何よりも身体がそこにある。
しかし、オンラインではそれがない。
身体を伴わないコミュニケーションは言葉だけが増えていく。
そして、それとともに関係の意味が変容していく。
身体が消え…関係の中身が薄まり…言葉だけが残る社会。
これは、ある意味で現代社会の象徴だとも思える。
ヨガを続けているとはっきりわかることがある。
人は身体と関係を通してしか変わらない。
どれだけ言葉を重ねても、
どれだけ理解を深めても、
言葉が響く関係を作り出せる身体とともに、
身体が動かなければ人は変わらない。
逆に言えば、身体が変われば人は変わる。
呼吸が変わる。
姿勢が変わる。
感覚が変わる。
すると、考え方や生き方も変わっていく。
現代社会はますます身体を使わない方向へ進んでいる。
だからこそ、意識的に身体を使うことが必要になる。
歩く。
呼吸する。
身体を動かす。
当たり前のことを、当たり前にやる。
それだけで人は大きく変わる。
身体というのはとても正直だ。
閾値を超えれば変わる。
超えなければ変わらない。
ただそれだけのことだ。


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