治療としてのアシュタンガヨガ

ヨガ

「アシュタンガヨガはきついから嫌だ」

「身体が痛いから練習を休む」

という話はよく聞くけれど…

アシュタンガヨガの…特にマイソールスタイルは自分のリズムで実践できる(まわりの人に迷惑をかけない範囲内での)。

そのため、怪我や痛みがある時…あまりやる気がない、でもちょっとだけは身体を動かしたいという時に実践を行うことは十分に可能だ(知識と経験のある指導者の下で行うことが望ましい)。

というよりは、痛みや不具合があるからこそ気付けることがある。

それらの気付きはポーズが上手く出来るとか出来ないということよりも大切なことだ。

だから、とりあえずはシャラに来て太陽礼拝だけでもやってみた方がいい。

アシュタンガヨガのプライマリーシリーズは「Yoga Chikista(ヨガ・チキッツァ)=身体の治療」と伝統的に呼ばれている。

その意味は「ポーズが治す」のではなく「順番が身体を治していく」ということ。

プライマリーシリーズは主に前屈と捻りのポーズの繰り返しで配列されている。

この繰り返しにより、内臓と神経系は捻り搾られて、滞っている老廃物が流れ出し、循環が巡り、身体が整えるということを自然と始める。

ヴィンヤサ(動作の流れ)は血液とリンパの流れをスムーズに循環させるためのポンプの役割になる。

特に背骨の「屈曲→進展→屈曲→進展」のリズムは脊髄液の循環を自然に促す。

そしてアシュタンガヨガ独自の呼吸は自律神経の「再調律」を行う。

これらが同時進行することによりアシュタンガヨガは「治療」になる。

アシュタンガヨガは身体の不具合を「治す」ための方法ではなく、「治癒が勝手に起こる“場”を自らの内側に作る方法」であるとも言える。

というか、そうである。

この考えから見れば、アシュタンガヨガの一挙手一投足はアーサナ(色々なポーズをとること)をとることよりも、神経、呼吸、そして身体と精神への関心と好奇心を再編成するためのワークとなる。

それこそが「治療としてのアシュタンガヨガ」になる。

「治療」という言葉から、ある特定の症状…腰痛、肩凝り、慢性的疲労感、心の重さなどというものを「消す」ことを連想してしまう。

しかし、アシュタンガヨガはそれらを消すというよりも、「症状が生まれる身体と精神の因果を、淡々と可視化していく」という働きにある。

症状は「敵」ではなく、流れが滞っている場所に赤く灯っている信号ようなものだ。アシュタンガヨガはその赤信号を消すのではなく、その灯す原因に身体の中から触れていく。

①呼吸の質は身体の中にスペースを作る。

②バンダ(大雑把に言えば腹圧、体幹、丹田、骨盤底筋群)は無意識的な緊張をほどく。

③ヴィンヤサ(動作の流れ)は、痛みの妄想と記憶を払いのけ、理解ではなく、身体の可動可能な事実を教えてくれる。

この3つが揃うとき、治癒は外側ではなく内側で勝手に起き始める。

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