花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ

ヨガ

花に嵐のたとえもあるさ
さよならだけが人生だ
ー 井伏鱒二訳(原典:唐詩「勧酒」)

ヨガ哲学では、「変わりゆくもの」を執着することこそが苦しみの根本原因だと説いている。

この「変わりゆくもの」とは、サンキャ哲学でいうプラクリティ(根源物質)から生じるすべての現象…肉体、感覚、感情、思考を含む全てである。

それらは常に移ろい、留まることのない世界…つまりは「無常」の表れだからである。

アーサナの探求もまた、プラクリティのはたらきを通して自己を見つめる行為だ。

身体という変化する器を通じて、「変わらないもの」…プルシャ(真我)の静けさを感じ取るための道である。

けれど、人はその「変わりゆくもの」にこそ、心を震わせ、生きる力を見出すことを避けては通れない。

五体満足でアーサナを行える今日という当たり前が、どれほど儚く、そして尊いものであるか。

「変わりゆくもの」を見つめながら、いまここにある生命への感謝を胸に、日々を生きていきたい。

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