檜垣利昭マイソールクラス&ワークショップ終了‼︎

ヨガ

2日間の檜垣利昭マイソールクラス&ワークショップに参加してくださった皆さん、そして檜垣のトシくん、本当にありがとうございました🙏

今回の企画をするにあたり、告知の文章の中で、こんなことを書きました。

「彼のアシュタンガヨガに対する想いから生まれる感性、アシュタンガヨガへの情熱、そこから生まれる思考。そして、そのさらに根っこの部分にあるものを、アシュタンガヨガ湘南に集まるプラクティショナーの皆さんと共有していただけたら」

2日間を終えた今、まさにこの言葉の奥に込めたものが、集まってくださった皆さんに伝わったのではないかと、同じ場を共有した一人として感じています。

アシュタンガヨガには、まずアーサナがあり、呼吸があり、ドリスティがあります。
そして、経験をベースとした技術があり、知識があります。

けれど、それらを伝える人間が、
「何を見ているのか」
「何を大切にしているのか」
「なぜこれを続けているのか」。

その人の根っこにあるものは、言葉や技術以上に、その人の立ち姿や眼差し、触れ方、声の波動、そして一緒に練習する時間そのものを通して伝わっていくものだと思います。

今回の2日間には、トシくんが長い時間をかけてアシュタンガヨガと向き合い、練習を積み重ねてきたからこそ生まれる「生きた言葉」があり、感性があり、熱がありました。

それは単に「アシュタンガヨガについて何かを教わる」という時間ではなく、一人の人間がアシュタンガヨガというものに本気で向き合ってきた、その時間の厚みに触れるような機会だったように思います。

そして面白いのは、その熱が一方的に伝わるだけではなく、受け取った人の中に、また別の熱を生んでいくことです。

明日の練習をもう少し丁寧にやってみよう。
もう一度、自分の呼吸を見つめてみよう。
自分はなぜ練習しているのだろう。

そんな小さな変化が、それぞれの日常の練習へと持ち帰られていくのだと思います。

ワークショップで得た知識は、彼が言うように、シャラを一歩出れば少しずつ薄れ、駅に着く頃にはさらに薄れ、一晩眠って翌日になればその多くを忘れてしまいます。

忘れてしまった言葉を、実践の中でもう一度思い出す。
頭で理解したことを、何度も何度も身体で確かめていく。

そうやって実践を継続していくことで、誰かから受け取った「知識」は、少しずつ自分自身の「経験」へと変わっていきます。

そして、その経験が十分な時間をかけて身体の中に、細胞の中に刻まれたとき、初めてそれは借り物ではない、自分自身の「生きた知恵」になるのだと思います。

それが1週間で訪れることもあれば、
1年かかることもある。
あるいは、5年、10年と練習を続けた先で、突然「あのとき言っていたのは、このことだったのか」と身体でわかる瞬間が訪れることもある。

だからこそ、アシュタンガヨガにおいて「知ること」と「わかること」は、同じではないのだと思います。

知識を集めることよりも、
実践し、忘れ、また実践し、
何度でも身体に問い直していくこと。

その繰り返しの中で、言葉は身体に入り、
知識は経験になり、
経験はやがて知恵になっていく。

今回トシくんから受け取ったものも、2日間で完結するものではなく、むしろここから、それぞれの練習の中で育っていくものなのだと思います。

ワークショップが終わってからが、本当の意味でのワークショップの始まりなのかもしれません。

また明日から、それぞれのマットの上でこの2日間の続きを。

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