「フィットネス」としてのヨガ、「ウェルネス」としてのヨガ②

ヨガ

フィットネス寄りでヨガに取り組んでいる人は、

「今日はよく動けそうだから練習する。」

「今日は身体が重いから休む。」

というように、ポーズの出来栄えを基準にマットへ向かっている傾向が強い気がする。

しかし、僕が日常実践しているアシュタンガヨガが観察しているのは、本来はポーズではない。

「今日の私は、どんな状態なのか。」

その状態を呼吸を通して観察し、受け入れ、対話することだ。

だから、調子が悪い日は「練習できない日」ではなく、

「普段は見えない自分に出会える日」

でもある。

調子が良い日は、誰でも気持ちよく動ける。

(そして、調子に乗りすぎて身体を動かして、痛める。)

しかし、疲れている日、気持ちが沈んでいる日、身体が重い日こそ、その人の反応や癖、執着が現れる。

そういう日にこそ、

呼吸はどう変わるのか?

私の心は何を嫌がるのか?

私の身体は何を守ろうとしているのか?

を観察できる。

もちろん、発熱や感染症、急性の怪我など、休むべき日は休むことも実践の一部だ。

ヨガは無理をすることではない。

ただ、それ以外の「なんとなく調子が悪い日」にマットへ立てるかどうかは、「フィットネス」としてのヨガと「ウェルネス」としてのヨガの違いが最も表れやすいところだと思う。

疲れやストレス、気分の落ち込み、身体の重さといった「なんとなく調子が悪い日」に、

「今日は調子が悪いからこそ、呼吸をしに行こう。」

と思える感覚は、「ウェルネス」に近いと思う。

「フィットネス」では、

「調子が良いから運動する。」

「成果が出そうだから取り組む。」

という発想になりやすいのに対し、

ウェルネスでは、

「調子が悪い日も含めて、自分を整えるために、自分を知るために実践する。」

という発想になる。

アシュタンガヨガで言えば、マットの上は「最高のパフォーマンスを発揮する場所」というより、

「いまの自分の状態に気付き、整えて、自分に問いかける場所」です。

答えを求めることも違う。

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